福岡地方裁判所 昭和34年(ヨ)212号 判決 1960年5月30日
申請人 佐藤大助
被申請人 日本事務器株式会社
主文
申請人が、被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位を仮に定める。
申請費用は、被申請人の負担とする。
(注、無保証)
事実
第一、当事者の申立
一、申請人訴訟代理人は、
「被申請人が、申請人に対して昭和三四年六月八日附でなした解雇の効力を停止する。申請費用は、被申請人の負担とする。」
との判決を求めた。
二、被申請人会社訴訟代理人は、
「申請人の申請を却下する。申請費用は、申請人の負担とする。」
との判決を求めた。
第二、申請の理由
一、被申請人は、資本金三〇〇〇万円、従業員一八〇名を有し、肩書地に本店を、全国に五支店四出張所を設け、最新式事務能率器具の販売等を営業目的とする株式会社であり、申請人は被申請人会社に期間の定めなく昭和三一年四月一日雇用された。
二、ところが、被申請人会社は、昭和三四年六月八日申請人を解雇したと称して、申請人を従業員として取り扱わず、その就労を拒否している。
三、申請人は、賃金を唯一の生計の資としているため、本案訴訟を提起し、勝訴するのを待つていることができないほどいちぢるしい損害を蒙つているので、本件仮処分申請に及んだ。
第三、被申請人会社の答弁および抗弁
一、申請の理由第一、二項の主張事実は、認める。同第三項の主張事実は否認する。
二(一) 被申請人会社は、昭和三一年七月一日就業規則を作成し、即日これを施行している。尤も右就業規則は、所轄労働基準監督署への届出を欠いてはいるが、作成当時から本店総務部に備付けられ従業員に周知させられていたものである。
(二) ところで、被申請人会社は、申請人につき後記解雇理由が生じたので、昭和三四年五月七日付で申請人を前記就業規則第七条第五号(業務又は一身上の問題につき謹慎反省を求むるとき)所定の休職に該当する事由があるものとして、休職処分に付し、申請人に対し退職勧告をなした。
然しながら、申請人は、休職処分後も被申請人会社の退職勧告に応じないのみか、依然として従来の非行を改めずなんら反省をすることがなかつたので、被申請人会社は、同年六月八日付で申請人に対し「解休職(満期)、命退職(社内秩序を乱し、不謹慎の為復職を命じない)」なる意思表示をすると共に解雇予告手当の提供をなした。
しかして、右意思表示は、(一)休職期間が満了し、復職を命じないときには退職となることを規定した就業規則第一〇条本文第五号にもとづく処分であるが、仮りにそれが無効であるとしても(二)右意思表示は、申請人の後記解雇理由をもつて、就業規則第二三条第一号(本規則にしばしば違反するとき)第二号(品行不良で、会社の秩序及び風紀をみだし又はみだそうとした場合)第八号(職務上の指示、命令に従わず職場秩序を乱し、又は乱そうとしたとき)第九号(前各号に準ずる程度の不都合な行為をしたとき)等所定の懲戒事由に該当するものとして、同規則第二二条第五号にもとづいてなされた懲戒解雇である。仮りに右懲戒解雇として無効であつても、(三)右意思表示は、後記解雇理由をもつて同規則第九条第三号(会社の経営の都合によりやむを得ない事由)所定の事由に該当するものとして同条本文にもとづいてなされた普通解雇である。
(三) 解雇理由
申請人は、昭和三一年四月被申請人会社東京本社に入社後、同年六月正式社員に任用され、セールスマン(販売担当員)として本社東京営業部に配属され、昭和三二年四月販売担当員として福岡支店勤務を命ぜられた。
而して被申請人会社が申請人を解雇した理由は、在勤中を通じて申請人が勤務振りが怠慢であることは勿論、被申請人会社の経営方針に対し限度を超えた批判をするとともに、上司の業務上の指示命令を自ら拒否するのみならず、他同僚に対してもこれを拒否するようせん動し、会社規律を乱し、社内秩序の維持を困難ならしめたことにあり、被申請人会社は申請人が東京本店在勤中の昭和三二年三月頃、既に同人を解雇するべく決意したこともあつたが、その後今一度反省の機会を与えるべく同人に福岡支店勤務を命じたものであるが、同人の非行は改まらず遂に解雇するに至つたものである。
その具体的事由は次のとおりである。
(一) 東京本店在勤中の申請人の非行
申請人は、当初からセールスマンにとつて、最も重要な任務である得意先訪問及び日報による業務活動報告義務を怠りがちであつたが、とりわけ昭和三二年になつてからは、その怠慢はいちじるしくなり、殆んど日報を提出せず、提出される日報は、全く形式的なものであつてその記載からは業務活動を確知することは不可能であり、申請人の販売成績も当然悪い状態にあつた。しかも申請人は、怠慢に対する上司の警告を無視するのみならず、得意先訪問の業務命令を拒否し、安くすればいくらでも売れる等の暴言をはいて、被申請人会社の販売計画の円滑な実施を阻害すると共に社内規律を乱していた。
(二) 福岡支店在勤中の申請人の非行
1、業務命令違反の行為
申請人は、昭和三三年五月一四日頃大洋漁業に緊急納品の業務があつたにもかかわらず、この業務を拒否すると共に、他の従業員にも協力しないようせん動した。
2、職制による販売指導の妨害及び拒否
(1) 昭和三三年七月頃福岡支店長付の販売指導を拒否し、更に支店長付を個人的に誹謗し、他の従業員をせん動した。
(2) 昭和三四年三月頃、本店における販売指導会議の結果報告会において、この進行を妨害し、他の従業員をせん動し、職場秩序をびん乱せしめた。
3、日報提出業務拒否
申請人は、昭和三三年一二月頃より休職処分に付されるまで、セールスマンにとつて最も重要な任務である日報の提出を怠り、且つ業務の口頭連絡を為さず、そのため申請人の業務遂行の確認ができなくなり監督することが不能となりまた福岡支店の業務全般に支障をきたした。
とりわけ、申請人の怠慢の結果、八幡製鉄株式会社との取引に行き違いが生じ、註文のない商品を製作したため、被申請人会社は莫大な損失を受けた。
4、その他申請人は上司同僚に対し、誹謗並びに侮蔑的言動をなし、年少社員をせん動し社内においては他の社員の執務を妨害し、欠勤理由をいつわる等の行為をなした。
5、休職処分後においても、被申請人会社の出勤禁止命令に反して、福岡支店へ出社し、私用のため会社什器を使用したり、就労中の社員をせん動して会社を誹謗し、支店長又は本社宮崎総務部長に面会を強要するなどして、被申請人会社の業務を妨害した。
三、就業規則に基いた本件解雇が、仮りに就業規則の無効の故に、効力がないとしても、使用者は解雇の自由を有するものであるから、転換して就業規則にもとづかない解雇としての効果を主張する。
以上の次第であつて、申請人と被申請人会社との間の雇用関係は、消滅しているものであるから、本件仮処分申請は、失当として却下されるべきである。
第四、抗弁に対する答弁及び再抗弁
一、被申請人会社主張の抗弁事実について
(一) 被申請人会社主張の就業規則は、労働基準法所定の要件をすべて欠く無効なものであるから、右就業規則にもとづく本件解雇も無効である。
(二) 昭和三四年五月七日付で、被申請人会社が、申請人を休職処分に付したこと、同年六月八日付で、被申請人会社主張のごとき意思表示を申請人が受けたこと、および被申請人会社主張の予告手当の送付を受けたことは認める。
(三) 解雇理由に関する主張事実のうち、申請人の職歴並びに、申請人が、大洋漁業への納品業務を拒否したこと、昭和三四年三月頃被申請人会社主張のごとき報告会のあつたこと、昭和三四年一月頃から日報提出をしていなかつたこと、欠勤理由をいつわつたこと、休職処分後も出社していたこと、支店長及び宮崎総務部長に面会を求めたことは、いづれも認めるが、その余の事実は否認する。
申請人が前記納品業務を拒否した理由は、業務が就業時間外になつておりしかも時間外手当の支給を被申請人会社はなしていなかつたからである。また日報提出をしていなかつたのは、調整係堀越及び販売主任藤井の了解を得て口頭報告を許され、日報提出を免除されていたからである。
二、申請人には被申請人の主張するような解雇の理由に当る言動は全くなく、かえつて、被申請人が申請人に対してなした解雇の意思表示は、申請人の思想、信条を理由とするものであり、又不当労働行為もしくは権利の濫用に該当するものであつて無効である。
(一) 本件解雇は、被申請人会社が、申請人を共産主義もしくは社会主義思想の持主であると信じ、その思想、信条を理由にしてなされたものであるから、右解雇は、日本国憲法第一四条、第一九条、労働基準法第三条に違反するものとして、無効である。
(二) また本件解雇は、不当労働行為である。
申請人は、福岡支店において、労働組合結成の中心的活動家として働き、昭和三四年五月初め頃同支店において日本事務器福岡支店労働組合を結成し、その初代組合長に就任した。
そのため、被申請人会社は、申請人の右の如き組合結成活動を嫌悪し、申請人が組合結成活動をなしたことを理由として、本件解雇をなしたものであるから、かかる解雇は、労働組合法第七条第一号に違反する不当労働行為として無効である。
(三) 更に本件解雇は、権利濫用である。
仮りに申請人に被申請人会社の主張するような解雇理由があるとしても、右理由にもとづき、申請人に対し最高の制裁である懲戒解雇を言渡したことは、懲戒権の裁量を誤つたものというべきであるから、解雇権の濫用として無効である。
第五、再抗弁に対する答弁
再抗弁事実は、すべて否認する。
第六、疎明関係<省略>
理由
第一、当事者間の雇用契約及び解雇
申請の理由第一項の主張事実及び被申請人会社が、申請人に対し昭和三四年五月七日付で休職処分をなし、ついで同年六月八日付で「解休職(満期)、命退職」なる意思表示をなし、(右意思表示の法律的性質については争いがあるが以下これを本件処分という)同時に解雇予告手当の提供をなしたことは当事者間に争いない。
第二、本件処分の効力
一、被申請人会社は、その就業規則にもとづいて本件処分をなした旨主張し、申請人は、右就業規則は無効であると抗争するので、まず、本件処分の根拠となつた就業規則の効力の有無について判断する。
労働基準法は、就業規則の作成変更の手続に関し、(一)労務者の過半数の意見を聴くこと(労基法第九〇条一項)(二)労働基準監督署長へ届出ること(同法第八九条一項同法施行規則第四九条一項)(三)その周知をなすこと(同法第一〇六条一項)の手続をとることを要求している。
しかして、右手続の法律的効果については、争いのあるところではあるが、当裁判所は、右(一)、(三)の手続要件を、いづれも就業規則の有効要件であると解する。
そこで、被申請人会社主張の就業規則について右要件が具備されているかどうかについて考えてみるに、本件就業規則作成にあたり、被申請人会社が、その従業員の過半数を代表する者の意見(当時被申請人会社においては労働組合が結成されていなかつた)を聴取していたことを、認むべき証拠は全くない。従つて本件就業規則は、労働者の過半数を代表する者の意見を聴かずに作成されたものであるから、その余の要件の有無を判断するまでもなくその効力を生ずるに由なきものというべきであり、かかる就業規則にもとづいてなされた本件処分もまた無効なものというべきである。
二、次に被申請人会社は、就業規則が無効であるとしても、解雇の自由を有しているから本件処分は、転換して就業規則にもとづかない解雇としての効果を有するものである旨主張する。
ところで、就業規則にもとづいてなされた本件処分を就業規則にもとづかない解雇に転換することが許されるものかどうかについては、争いがあるが、ここでは差しあたり右当否に関する判断を留保して、被申請人会社が、本件処分をなした理由について判断する。
成立に争いのない甲第二号証に証人服部元、同小島五郎の各証言及び申請人本人尋問の結果を綜合すれば、被申請人会社が、本件処分をなした理由は、被申請人会社が、申請人を共産主義もしくは社会主義思想の持主であると信じ、これを嫌悪したことにあるものと認めることができ、証人宮崎博及び同小島五郎の各証言中右認定に反する部分はこれを措信できず、成立に争いのない甲第四号証には、「命退職(社内秩序を乱し、不謹慎の為復職を命じない)」旨の記載がなされているけれども、これをもつてはいまだ右認定を覆えすに足りず、その他右認定を左右するに足る証拠はない。
もつとも、被申請人会社は、本件処分理由として前記解雇理由の項記載のとおりの事実を主張しており、右主張事実のうちには、申請人の自認するものもあるが、証人小島五郎、同服部元の各証言及び申請人本人尋問の結果によれば、申請人の福岡支店における勤務成績は、他の社員に比して上位にあり、昭和三二年一二月、昭和三三年六月、同年一二月の各ボーナス期においては、連続して勤務成績優秀を理由として、申請人に対し社長賞もしくは支店長賞の名目で、特別に賞与金が与えられ、申請人は有望な社員として期待されていたこと、本件処分理由については、再三その理由をただされていたにもかかわらず当初のうちは具体的な事由が示されず、本件訴訟になつてはじめて前記解雇理由の主張がなされるに至つたことが認められるので、被申請人会社の主張する解雇理由は、単に名目的なものであつて、本件処分の真の理由となつているとは到底解しえず右認定に反する証人小島五郎同宮崎博の各証言部分は、信をおきがたく、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。
してみれば、本件処分が被申請人会社主張のとおりの解雇処分であるとしても申請人の思想信条を理由としてなされたものであるから、労働基準法第三条に違反するものとして無効なものというべきである。
従つて、申請人と被申請人会社との間には、現になお雇用契約が存続しているものと認むべきである。
第三、保全の必要性
申請人本人尋問の結果によれば、申請人は、被申請人会社から支払われる賃金を唯一の生活の資としていたところ、本件処分により被申請人会社からその就業並びに賃金の支払を拒絶され、生活に困窮していることが一応認められるので、本件仮処分を求める必要性があるものというべきである。
第四、結論
よつて、本件仮処分申請は、理由があるので、保証をたてさせないで、これを認容することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中池利男 宇野栄一郎 阿部明男)